いわゆる個人サイトです。
| 名前 | 小久保浩大郎 |
|---|---|
| 生年 | 1976年 |
| 出身地 | 三重県鳥羽市 |
| 現住地 | 東京都豊島区駒込 |
| 職業 | ウェブデザイナー |
| 所属 | 株式会社ビジネス・アーキテクツ |
1998年頃からウェブサイトの制作を始め、2000年頃からフルCSS実装のサイトを手がける。2002年にビジネス・アーキテクツに参加。マークアップデザインエンジニアとして多数の企業サイトの構築に携わる。特に大規模な情報構造をもつサイトの設計・実装を得意とし、アーキテクトとして中心的な役割を果たしている。
幼少の頃から和太鼓を嗜み、小学生の時にはマーチングバンドでバスドラムを担当。中部大会まで行ったが同点決勝再審査で全国大会進出ならず。
中学2年生のとき岩本君に無理やりBilly Joelを聴かされたのをきっかけに音楽に興味を持つ。高校生になるとLed Zeppelinにハマり、バンドをやろうとしてドラムを始める。それまでの蓄積があったのか特に苦労もなく始められた。ドラムを始めて半年ほど経ってTerry Bozzioの3本組のビデオを見て衝撃を受け、左手でハイハットをプレイするようになる。Frank Zappaにハマる。
1996年、本格的にミュージシャンになることを決意し、上京するためにイヤイヤながら大学進学。Jazz研に入部して研鑚に励む。初めて買ったJazzのCDはKeith Jarrettの「Still Live」。各所のジャムセッションに通いだす。97年アメリカに半年ほど留学。音楽棟の練習室を使わせてもらえるように言いに行ったら話がこじれて音楽科のクラスを取ることに。スティックコントロールやリーディングの個人レッスン、Wind BandとBig bandのクラスを受ける。音楽以外の正規の授業にあまり出なくて怒られる。Bill Frisel、Steely Danにハマる。
帰国後、ドラムを探しているという友達の友達だった某Rのバンド某Bのライブを見に行ってそのパフォーマンスに感動。一緒にやるしかないと思いこみ、初対面にも関わらず朝まで打ち上げに参加。そして某B参加。ライブやりまくる。毎回150~200人の集客があった。ホームグラウンドは吉祥寺Star Pine's Cafe。この頃アランドーソンドラムスクールを立ち上げた水野修身氏に師事する。試みに米バークリー音楽院の奨学金試験を受けてみたらなぜか2セメスター分の奨学金資格を獲得。進路に悩む。同時にバンド某Bはメンバーの進路の問題や行き詰まり感から解散。
じゃあ留学するか、と半ば心を決めかけていたところ、大学時代の知人Nから電話が入る。インディーズでレコード出すんだけど一緒にやらないか、という誘い。悩んだ挙句、留学はとりやめてNとともに某バンドC結成。ライブしたりレコーディングしたりする。事務所のイベントで渋谷のクラブクアトロに600人入った。その裏ではバンド某Bで一緒だった某Rから再度コンタクトがあり「やっぱり一緒にやらないか」ということでバンド某Z結成。しかしバンド某Cが忙しくなったこともあり2年ほどで某Zは脱退。代わりに後輩を送り込む。他にも人づてでいろいろなバンドのライブとかレコーディングのサポートとかする。
2001年頃、バンド某Cが今ひとつ勢いに乗りきれずメジャーに行けない中、「自分はいったい何のため、誰のために音楽をやっているのだろう?」と激しく自問する。「自分のためだ」という結論が出てしまい、職業としてミュージシャンを選ぶ必然性が揺らぐ。バンド某C脱退。そのころフリーでウェブデザインの仕事をしていたが、いきさつがあって某E社でバイトすることに。ということを自分のサイトに書いたら掲示板に某Y氏から「ていうか弊社どうよ【謎】」という書き込みがあってビビる。結局2002年にビジネス・アーキテクツに参加。マークアップデザインエンジニアとして多数の企業サイトの構築に携わる。特に大規模な情報構造をもつサイトの設計・実装を得意とし、アーキテクトとして中心的な役割を果たしている。
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